連続バンド小説 「俺はまだ速弾きができない」 第13話

『Someday Let There Be Rock』

長年バンドをやっていると、”非日常”がどうしても”日常”に擦り寄っていく。
そしてそれは集団の中の怠惰を呼び起こすのだ。
俺達はそれを解っていたが、対処は難しく、ステージで新しい取り組みを起こしては失敗するということを繰り返していた。
その合間でライブ中にほうじゅが骨折したりするのだったが、そういうサプライズは要らないからと何度も釘を差した。

ステージアイテムとして既に米俵があったから、ライブ中に米を炊くというアイデアに至ったのは自然なことだった。
俺達はライブハウスにIHの炊飯器を持参し、演奏中にきっちり白米が炊き上がるよう緻密に試算をした。
勿論米本来と水にも拘った。
炊き上がった米は、ふりかけとともにお客さんに振る舞ったりしていた。

何度か炊飯器とステージを共にしたときに、俺達は一体何をやっているんだろうとみんな思い始めていた。

そんな中タケが、

「おにぎり握るメンバーがいるといいねHAHAHAHAHA!!」

と、言い出した。
何がおかしいのか全くわからなかったし、こいつは割と適当なことを言いがちなので、極めて慎重に捉えようとした。
熟慮の結果、一理ある、と俺は思った。

しかし、

“バンドのライブで炊いた米を握って欲しい”

等という誘い文句は、いくら特攻(ぶっこみ)が得意な方の俺でもハードルが高過ぎた。

2018年8月

あてもなく街を歩いていたときに、アンテナに引っかかって通い始めた居酒屋の若女将が「知子さん」だった。
料理が美味しいのは勿論のこと、その美貌ときっぷの良さで店はいつも盛況だった。

今でも足繁く通うのだが、2度目にお店を訪れた時に、酔いに任せて俺は言った。

「バンドのライブで炊いた米を握って欲しい」

知子さんは答えた。

「やるやる!」

もう一度言うが、2度目の訪問である。
狂人と思われてもおかしくはない状況であったが、何故か彼女はすんなり受け入れてくれた。

何てこった、おにぎりを握る人が決まったぞ、とメンバーに伝えた。
※バンドにそんなパートは想定していなかったので、当時は「おにぎりを握る人」と伝えていた。現パート名は「炊き出し」

もうメンバーはそれくらいのことでは動じない程のメンタルを持ち合わせていたし、タケは言った。

「最高だなおい、それ最高だよ!HAHAHAHAHAHAHA!!」

ツボに入ったらしかった。

知子さんを迎えたつぐものは12人編成になった。
もう訳がわからなかったが、知子さんの握るおにぎりは最高だったし、郷里を想起させた。

人は財産である。
しかし、俺の管理能力にも限界が近付いてきていた。

この小説のストーリーにも終わりが見えてきていた頃、新メンバー加入の話が浮上した。

メンバーは、天気予報を見て、明日雨なんだくらいのテンションでその話を聞いていた。

(続く)


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