連続バンド小説 「俺はまだ速弾きができない」 外伝②

『大統領になれなかった男 ~ ノーモアチャンス柴田 #2』

柴田はベースに転向した。
それと同時に、”RIKI” というフワッとした当時の名前から、本気で取り組みを変える意味も込めて、『ワンチャンス柴田』と言う名前に改名する。(”柴田” は本名)
「チェックイン柴田」という名前も上がり、バンド内で議論となったが、結果前者が採用されることになった。(どこにチェックインするのかわからなかったため)

ワンチャンスに懸けることになった柴田は、また良く分からないメーカー、型式のベースをどこからか持ってきて、その薀蓄(うんちく)を嬉しそうにメンバーに垂れるのであった。

俺たちはライブを重ねた。
もうこの時にはギターは1本になっていたから、全ての問題がクリアになるはずだった。
しかし、俺たちはいつしか底なし沼に腰までハマり、浮上できないような不安に襲われていた。

リズムがおかしい。

これについて分析したところ、柴田はギタリスト上がりでギター感覚でベースを弾いていたため、バンドの土台を支えるフィーリングを持てないのであった。
どうしても気持ちがリードに寄ってしまう。

俺は頭を抱えた。
このままではバンドは発展どころか崩壊を迎えてしまうのは時間の問題だ。

俺は腹を決め、柴田に伝えた。


「柴田よ………すまないがおまえはクビだ」


暫くの沈黙の後、わかりました、という蚊の鳴くような返事を認める。

俺は空を見上げる。再び晴れ間を探すように。


「ただし、それはベースを辞めろと言う意味だ」


一体何を言ってるんだろうという顔でこちらを見やる柴田の眼は高速移動をしていた。


「サイドヴォーカル兼パフォーマーをやってみないか」


俺は、実は柴田がかなり歌えることを知っていた。
そして無駄に目立ちたがり屋な性格も良いように作用するのではと思っての提案だった。


柴田は答えた。

「やります」

2015年春、柴田2度目の解雇、からの2度目のパートスイッチだった。


このタイミングで、柴田は『ノーモアチャンス柴田』に改名するに至る。

本人は、息を飲むようにその名前を受け入れたのであった。


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しかしそうなると、今度はベースの座が空白になってしまうのでは、と読者諸氏は懸念するだろう。

俺はそこについてのバックアッププランを当然考えていて、既に脱退していた『ベースのセンさん』を何とか再び引き入れたいと思い、すぐさま行動に移した。

まずは連絡を取ることだ。

「こういう事情だから、またベースを弾いてくれないだろうか」
「そこをなんとか」
「いやいや頼むよ」
「センさん起きてる?」
「昨日、何食べた?」
「俺は昼に焼き魚定食を食べたよ。まぁまぁだった」

返事は5回に1回返ってくれば良い方だった。

しかし俺は負けなかった。

今思えばただのメンヘラである。


そして、遂にその時がキた。


センさん「わーった。わーーったよ!だからまずそのストーキングメールをやめろ。やってやるよ。つぐもので、またベース弾きゃいいんだろ!?」


スムーズに話し合いが進み、センさんが復帰してくれることになったよ、とメンバーに伝えた。

全く、バンドリーダーというのも楽ではない。

そうやってスナックでこぼしながら、俺は拳を固く固く握った。

(続く)


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