連続バンド小説 「俺はまだ速弾きができない」 第14話

『伝説の王』

何もない休日。行きつけの店で独りビールを飲み、普段読まない新聞をめくる。
俺は満たされている、そう思って窓の外を見ると、いつしか嵐のような大雨になっていた。
俺は小さく、”Shit” と呟く。

その夜、ベースのセンさんからLINEのメッセージが届く。
なぜ個人宛に?
胸騒ぎがしたが、見ないわけにはいかない。

「マサキ、すまない。事情は言えないが、暫くバンドをやれない。暫くがいつまでなのかもわからない」

心臓からの血流が激流となり、脈拍が異常なBPMでビートを刻み始める。
事態がただごとではないと身体全体で知覚し、俺は発する。

「大丈夫なのか?」

大丈夫ではないが、何とかするとの返事を得る。

「わかった。復帰を待っている」

振り絞り、電子の波に乗せて精一杯の感情を届けた。

そして次に、バンドメンバーに伝えなくてはいけない現実がある。
この先どうするのか、どうすべきなのか、俺は舵取りとして全員に共有しなくてはいけなかった。
深呼吸をして、全体連絡をする。

「センさんが一旦バンドを離脱する。しかしセンさんがいつ戻ってきてもいいように、活動を止める訳にはいかない。サポートでベースを迎える」

仮に文句を言う奴がいたとしても、蹴散らしてやろうと思っての決定付けた発言だった。

結果として合意は得られた。しかしどうする。
この特殊なバンドで、特にプレイヤー人口の少ないベーシストを見つけなくてはいけない壁がある。
追い詰められた獲物のように、脳がフル回転し、刹那、ビリっと電流が走る。

「”PORNOSTATE”、”日本刀” でやってる内山くん(界隈通称:うっちー)に声をかけたい。異論はないな?」

うっちーとは、対バンした際に挨拶程度の会話をしたレベルで、人となりは全く知らない状態だった。
しかし、若くして醸し出す不思議な雰囲気はいつしか知れず俺に安堵感を与えており、一緒にいたい、そう思わせる稀有な男だった。
結婚を決意する女性は、もしかしたらこういう気持ちになるのかもしれないとも思った。

勿論プレイヤーとしてのテクニック、表現力は申し分なく、バンドに余りあると思い少し臆したが、だめならそれまでだと決意を固める。

連絡先を知らないので、唯一繋がっているTwitterのDMで思いを伝えた。

1分経たない内に返事が返ってきた。

「やります。やらせてください」


ジーザス

神はいた。


そこからはスムージーよりもスムーズに事が運んだ。

バンドネームを『内山ファラ夫』と2秒で命名し、エジプト王の衣装をアメリカから空輸した。
バンドの中では随分若い方であるのに、一歩引いた佇まいを持っており、様々なカルチャーに明るく、俺達は一発で気に入ってしまった。

その後はご存じの通りである。

雪解けの後、問題を解消したセンさんが復帰した。
しかしうっちーを離すわけにはいかない俺達は、ツインベースにすることをサウンド的にノープランで決意する。

その後もご存じの通りである。

俺はやはり満たされている。
大雨の夜にはそう回顧する。

(続く)


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