『ほうじゅの恋 ~ Dangerous Kiss #2』
「記憶の中で ずっと二人は 生きていける」
※良ければ聴きながらお読みください。
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キャサリンはいなくなった。
その事実だけが目の前にあった。
俺たちのバンド人生はまるで喜劇だけど、哀しいこともたまにあって、この件はその内の一つだった。
お互いの気持ちが少し風化したある日、中野のオーセンティックなバーで、俺たち二人
突如ほうじゅが声を大きめに発する。
「ちょっといいなと思ってる女性がいまして…!」
「うるさいよ」
俺はピスタチオを食べながら平静を装っていたが、ほうじゅからこういう話をされるのは初めてだったので、内心少し驚いていた。
「で、どうすんの?」
「どうしたらいいんでしょうか」
俺は耳を疑うが、よく考えたらこいつは恋愛偏差値2だった。
「どうしたいの?」
「わからない。が、一緒に過ごしたいと思う。今度渋谷でデートするかもしれなくて、プランを一緒に考えて欲しいんですが」
「めんどくせーなぁ。まぁいいよ」
プロジェクトが発足した。
俺は相手の人となりを伺った上で、デートコースやお店のチョイスなどを提案した。
ほうじゅは特にテーブルマナーについては全然ダメだったため、指導を重ねた。
以下は、経緯および後日談として聞いた話である。
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縁があり知り合った娘で、話が合ってちょっと楽しいなと思っていた。
そうなるともう止まらないよね。(無視)
止まりませんよね?(そうなんだね)
そんで滅茶苦茶かわいいんですよ。なんていうの、天使?エンジェル?
フランス語で天使って何て言うんだっけ?
(しばらくこの話が続く。俺はピスタチオを追加オーダーした)
相手も同じような気持ちに見えたけど、主観かもしれないし、気持ちをセーブしていた。
そして遂に初デートの日がやって来た。
マサキのお膳立てもあって、全てが上手くいってたんだ。
このまま相手のご両親に、結婚を前提のお付き合いでというご報告に行くくらいのいい雰囲気になっていた。
と、思っていた。その時までは
ふと見ると、さっきまで笑っていた彼女がちょっとトーンダウンしていて、浮かない表情をしている。
そこで初めて、相手に彼氏がいることを伝えられた。
動揺なんてもんじゃなかった。
気付くと震えながら枝豆を箸でつまんでいたし、それを皿に戻すというアクションを繰り返していた。
これ、俺のルーチンね。
だけどその彼とは上手くいってなくて、もう別れたいと思っていると言われた。
その時、俺の中で邪心が生まれたことは否定できない。
でも聞き役に徹したよ。
俺はつぐものだからな。
そして夜が更けるにつれ、会話も少なくなっていた。
終電がなくなっていることは二人共わかっていて、追い立てられるように店を出る。
彼女が言った。
「今日、家に泊めてくれないかな…」
俺は答えたよ。
それはできないと
部屋が散らかっていたのもあるけど、そんな事情を知った上で二人の空間を共有する訳にはいかない。
何より家は武士の出自だから、そういうことは厳しく教育されていたし
彼女は少し抵抗を見せたけど、武士家系の話をした時に諦めたようだった。
小雨が降っていて、傘の用意のない俺は気が利かなかったと思うけど、髪が少し濡れてうつむいた彼女がすごく綺麗だった。
タクシー乗り場で彼女を見送る。
相手はゆっくりと乗車し、こちらを見て言った。
「じゃあね」
泣きそうな顔に見えて、俺は多分情けない顔で、
「うん、またね」
と、だけ言った。
お互いに何か言いたいけどそれが何かわからず、目で会話をしていた。
しばらくして、運転手は少しイラついたように、もう出していいですか?と、言った。
程なくしてタクシーは走っていった。
俺は、車が見えなくなるまでそこに立ったままだった。
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その後、街でイケメンと仲良さそうに歩いている彼女を偶然見かけて、反射的に近くの牛丼屋に入った。
そしてそのまま牛丼食べたんだけど
俺、なんかやっちまったかな…
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おまえはある意味正しくて、しくじったんだよ。
と、俺は言った。
バーでは、Bob Marley の『No Woman, No Cry』が流れていた。
その後、ほうじゅからの恋愛相談はない。
楽しみにしているのだけれど。
(続く)