連続バンド小説 「俺はまだ速弾きができない」 第9話

『俺は貴族』

そもそもヨーコ。先生というキーボーディストがいたし、鍵盤を増やす必要は無かった。
前様(バンド内通称 ※本名が「前田」より)を初めて見たのは対バンしたときで、「王様と下僕」というヘヴィメタルバンドで彼は「下僕5号」と言う名前でプレイしていた。(現在も活動中)

長髪でショルキー(ショルダー・キーボード)を抱え、高速でメロディアスなフレーズを弾きまくる姿を見て、弾きすぎだと思いつつ、バンドの世界観の異様さと、日本にこんなプレイヤーがいるのかという衝撃が相まって、俺の眼は釘付けになった。
後に知るが、彼はイングヴェイ・マルムスティーンを敬愛していて、それを鍵盤でこなすのであった。
※尚、タイトル通り俺は弾けない。

御存知の通り、俺は「尾崎豊」のカバーバンド『MASAKI☆YUTAKA』で時々「尾崎豊」をやっていて、バンドビジネスで付き合いがあった彼にノーモーションで尾崎のキーボードをオファーした。
正直それまで余り会話をしたことはなかったけど、彼は快く引き受けてくれた。
その時のライブはショルキーではなくフルセットの鍵盤で、滅茶苦茶重そうで可哀想だなと思った記憶がある。
(運搬を手伝った記憶は無い)

プレイは完璧で、俺は安心して尾崎を降ろすことができた。
しかし後に知るが、彼は全然尾崎を好きではなかったため、結果として以降のステージに立つことはなかった。
俺は、しまったなと思った。

まだ彼が尾崎を好きなんじゃないかと思い込んでいた頃のリハーサル帰り、連れ立った電車の中で俺は言った。

「ところで”つぐもの”でやってみない?」
「いいですよ」

つぐもの>尾崎、という結果を得られ、ダブルキーボードになった。
鍵盤二人をどのように活かすかはまるでノープランだったので、まずは芸名を考えることにした。

“つぐもの”には、以前「谷山貴族」という名前のベーシストが居た。
スラップを得意とした良いプレーヤーだったが、脱退し数年経った頃に、突如メンバー全員を食事に誘うというアクションに打って出た。
ただならぬ雰囲気に俺達はザワついたが、何故かここにほうじゅが突撃した。
宗教の勧誘であった。

彼はもう”貴族”ではない、”尊師”なんだなと少し寂しくなった俺は、新メンバーの前様に敢えて、「前田貴族」と重ね名付けた。
落ち着いた佇まいとクラシックへの造詣の深さ、故「池田貴族」と一文字違いになるという奇跡、そして何より本物の貴族として君臨して欲しいという想いからであった。

2015年、”つぐもの”は8人に成った。

この頃リリースを模索したのが、「Thank You All Night Long」というバンド史上最長の曲で、ソプラノのコーラスが必要だと俺は考えた。
そして同時に、ライブでアナウンスをできるウグイス嬢も探し求めていた。
ウグイス嬢の募集に関しては、スピード感を増したドライビングを重視したため、メンバーを置き去りにした感があることを今詫びたい。

彼女は、それらを同時且つ容易に対応できる天才プレーヤーだった。

(続く)